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蛙の青春 1

生れ落ちたムラが特別な目で見られているなどということは、小学校の低学年の頃から意識はされていた。
親からは何も教えられることはなかった。
友人たちから得た情報なのだ。
通っていた小学校は、信じられないかもしれないが、全員が「被差別部落民」。
「部落学校」などという呼称もあった。
全国でゆうても、西宮とウチだけだったのだと思う。
蛙の生家は、ムラでも資産家の部類に入っていたのだろう。
テレビジョンセットなるものが普及していく時代、ムラでは三番目に購入している。
「力道山の時代」だ。
プロレス中継の夜は、店の前にテレビを据えて、見物客が黒山の人だかりだった。
六人兄弟姉妹の三番目で、長女と長男はそれなりな苦労もしたようだけど、蛙はタダタダ自由奔放に育った。
ガッコの成績も、そりゃ一番になるだろ。
仲間はといえば、まるで「勉強する」ような条件に恵まれていなかったんだから...
中学校にあがる段になって、兄もそうだったのだけれど、ムラの子たちがいくべき学校ではなく、所謂「越境入学」ということになる。
「井の中の蛙大海を知らず」ということを小学校の教師に言われて、「ナニクソッ!」なんて想いもあったから、行った先の中学でも成績はトップクラスだった。
この時、友人からは「お前んとこ、えらい怖いトコみたいやけど、お前は違うなぁ」なんて言われて、「そんなことないで。うちんとこ、怖いことなーもあらへんがな」なんて受け答えしてた。
それが「差別意識」なんやって想い、皆目無かった。
高校も近隣では進学校として有名なところへ入学する。
入った途端にクラス委員長に指名されたから、入学試験の成績がトップクラスだったんだろうと思う。
そもそもそんなに教科書中心の勉強やガッコの先生なんか、好きではなかったから、高校の三年間で相当成績は落ちることになる。
本を読むのは好きだったから、大概な世界文学・日本文学は読んでるし、英語も面白かったからペンギンのペーパーバックなんかもよく読んでた。
大学進学を控えて、蛙の学力からは進学指導の教師から「文科系」をすすめられたけど、「文系なんてチャンチャラおかしい」なんて思うような人間に育ってて、「理系」に進むことになる。
ちょうどこの頃、「高校生の科学」てな雑誌があって、そこで、後にノーベル賞をもらうことになる福井先生の仕事の紹介があった。
コンピュータが、大きなビルのワンフロアーを占拠していて、真空管がコアだった時代、それだって今のノートパソコンの能力にも及ばぬものだったのだけれど、福井先生の仕事や、それ以外に集めていた情報から、蛙は「これからはコンピューターの時代になるだろう。それにはゼッタイ小型化が求められる。コンピューターの心臓部の『素子』の開発はニューセラミックスの技術に拠るに違いない。そういう最先端な仕事をしたい」と思った。
で、福井先生のおる大学を選んだのだけれど、これは思惑がはずれる。
先生は自分の大学の生徒など「ハナにもかけない」人で、京大閥でなければ「人にあらず」てな具合だった。
そういうわけで、この大学は2年でおさらばするのだけれど、ここで学んだことは蛙の人生を決定するものになったし、それはそれで、素晴らしい2年間であったとは思うのだ。

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