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蛙の青春 3

中一だから歳にして十二か十三ということになる。
「越境」ということで、本来進学すべきだった中学校には行かなかった。
ここは凄いとこで、親爺は、進学のために実際に「家」を一軒買ってしまう。
道理にかなわぬことをしたくなかったのだろう。
ちゃんと「住む家はあるのだ」し、弟と二人の妹もここに「籍」を置いて、ムラからの脱出を図ったわけだ。
この時、「本籍」までをも書き換えている。
ムラ内では「三回、籍を移せば出身は分からなくなる」などということがまことしやかに言われていたりする。
「戸籍」なんて、部落差別ばかりでなく、あらゆる差別の源泉になっているのだからやめにしたほうがいいに決まっている。
こんな「制度」があるのは、日本と、日本が植民地支配することによってそれを植えつけた台湾と韓国にしかないはずだ。

ということで、中学・高校の六年間、蛙はこの家に殆ど一人で住まうことになる。
といっても、学校から帰って夕ご飯までのことで、寝食はムラの親の家。
こんな少年の時期に家一軒あてがわれて、好き放題に暮らしてた。
ただ、自分の内側だけに関心があったから、周りでどんなことが起こっていたか、皆目分かっていなかった。

後して知ったことだが、この時期、神戸・大阪あたりの中学校で「第一次暴力教室事件」などと言われたりする話があった。
新聞などで大々的にしかも差別的に報道をされ、反差別の運動も大きく盛り上がっていたらしい。
ウチのムラの話としても、「暴力教室事件」を契機に一般地区の側が子どもたちを中学に行かせず「寺子屋」みたようなかっこうで「同盟休校」を組織したりしたのだが、それに対抗して、一般地区の中心メンバーの一人、社会党市会議員Y宅に、ムラの人たちは、数台のトラックの荷台に分乗して抗議行動をやったりしている。

そんなこんなも、「あっしには関わりのねぇことでござんす」てな具合に蛙は生きてきたのだ。

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