« 「提言」批判 4 | Main | 「ぼくたちのアイヌ宣言」をみて »

アイデンティティ

蛙は間違っているのかも知れない。
提言でもそうだけど、これまで、「部落民としてのアイデンティティ」てな話を何遍も聞いてきた。
そんなものが果たしてあるのだろうか。
とても信じられることのように思えないのだ。

「人間として」ということなら、蛙は、「エタよヨツよ」と蔑まれながら六人の子を育て上げ、きっちり、それに抗して生き抜いていく力をあたしらに受け渡してくれた父や母を何よりも「誇り」に思ってはいる。
蛙が生きていく上で何よりもの力だ。

例えば、江戸時代とか、或いは「水平社」以降の闘いとか、「被差別部落」の先達がどんな風な素晴らしい「もの」を残したか、それはそれとして評価はあるだろうが、蛙個人がそのことを「誇る」ことに何の意味があるのだろう。
そんなものは「赤の他人の所業」ではないのか。

蛙はそう思うのだ。

治一郎さんのことに触れた時にも言ったけれど、その仕事を高く評価することと、「あたし」の話は何の関係も無い。

「部落民としてのアイデンティティ」なんていう「ものいい」は、自分自身の「弱さ」の表現以外のなんでもないと蛙は思うのだ。

|

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/68040/17641539

Listed below are links to weblogs that reference アイデンティティ:

» エコバッグ [,アイデンティティ]
読ませて頂きました。次の記事も楽しみにしています。 [Read More]

Tracked on January 10, 2008 at 09:23 PM

Comments

Post a comment