「提言」批判 3
蛙が「お玉杓子」だった頃、半世紀以上も前ということになる。
ムラの子どもたち仲間と、昼の光から夜の闇に移ろう薄墨のしじまの中を蝙蝠とともに遊び呆け、迷路のような路地裏を走り抜けて歓声をあげながら暮らしていた日々。
一日陽も差さぬ長屋の部屋も「幻燈遊び」にはうってつけであったのだから、蛙にとって「素晴らしい世界」ではあったのだ。
それが、大人たちの差別に抗しての苦闘にささえられ、護られての「世界」であったなどと知る由も無かった。
生れ落ちたウチがムラでは一等富裕な階層であったことによるだろう。
友と共有する世界は一つであったけれど、意味は違っていた。
蛙には「未来」が保障されていたけれど、友人たちには、親たちの苦悩の生き様を自分もまた生きなければならない予感にうち震えていた筈だ。
今にしてそう思う。
「被差別の生」を食い破る力を、誰からもどこからも与えられることなど考えられもしなかった。
そういう時代だった。
この稿は前回の続きだけれど、確かに「事業」は大きくムラを変えた。
蛙は思う。
仮に、ムラがこのように変わらず、旧態依然としたままであったとして、よく言われる「言い回し」に従えば、「劣悪な住環境」のままであったとしたら、「差別されるのは当然」ということになるのだろうか。
「同対審答申」では「劣悪な住環境が差別を生み、それがまた再生産されていく」てなことが言われていたように思う。
分からぬでもないが、どんなに酷い条件の中で生き抜いていても、そのことによって「差別されることが無い」ような「世界」を創ることこそ「完全解放」の道筋ではないのか。
「同対事業」を「完全解放」への直接の道筋と考えることは明らかに誤りであると思う。
この場合、「手段」とか「目的」とかいう「言い回し」は、文脈として成立していても、「論理」として破産していると蛙は考えるのである。
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