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「提言」批判 2

蛙は中央の方針に反対をしているわけではない。
ただ、これまでの言い方をみるに余りに不十分に過ぎると思ってるのだ。
指導的な人々から、「事業は手段、解放が目的」ということが何度も言われてきた、
「提言」ではこの点について、④手段(事業)と目的(解放)の本末転倒、という項目立てで触れている。
いわく「『答申』『特措法』から始まった同和対策事業は、あくまで部落問題を解決する一つの手段であった。目的は部落の完全解放にあったはずである。」
ということで、「事業の意義の徹底と完全解放に向けての自覚を促す指導と学習が」「おろそかにされたため」様々な問題を引き起こす原因となったという評価になる。

完全解放に至る道筋で、とるべき手段として様々な方策があろうが、同対事業はその内の一つだというのだけれど、そうなんだろうか。

30年ばかり前の話になるから恐縮だが、新しい住宅が建てられ、それまで一日陽も差さぬ長屋暮らしだったおばぁさんが入居された時のこと。
こんな御殿みたいなところに住まわさせてもらって、有難いことや。朝な夕なに神戸市役所の方に手ぇあわせて拝んでるんや。
てな話を聞いた。
蛙は、全国の仲間が運動をしての結果やから、なーも役所、拝むことないんやでぇ、てなことを言ってたように思う。

言いたいことがうまく文章にならないけれど、「事業」によってそれなりの「幸せ」が得られる人があったとしたら、それはそれでいいのだと思う。
明治以来、一貫してネグレクトされてきた「行政責任」がわずかばかり回復されただけのこと。
それだから、「完全解放に至る手段」などという位置づけでなしに、単に「行政が為すべきこと」を為さしめただけの「部落解放に向けて」の条件整備ということに過ぎなかった、それ以上でもそれ以下でもないという風に考えるべきだと、蛙は思うのだ。

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