蛙のスタンス 2
「33年間15兆円という膨大な歳月と費用を注ぎ込みながら、なぜ、部落差別を解決することができなかったのか」という設問は、例えば奈良の山下さんもそうだし、前に紹介した「はじめての部落問題」の角岡君など、およそ真面目に「部落解放運動」と付き合ってきた人々ほどに強く言われる傾向があります。
吉田向学さんもまた、問題意識はここいら辺にあるようです。
ですが、蛙は「このような『問い方』自体が問題だ」と考えているのです。
まず第1に、「33年間15兆円」と言えば、誰もが自分の持ち時間や財布と比較しながら「とんでもない大きさだ」という風に受けとめるに違いありません。
けれども考えてもみてほしい。
「明治」から考えても、既に百数十年が経っています。
この間にこの国のインフラ整備から取り残されてきたことを「埋め合わせ」したと単純に考えれば「15兆円」などたかが知れた額に過ぎません。
15兆を30で割れば、たかだか年間5000億、「明治」以降の百年に均して考えれば年間50億円に過ぎません。
「事業」出発時点で「地区指定」されたのは2000を超えていたと思いますが、平均して一つのムラに年額2億5000万、百年に均せば250万円ということになるでしょう。
実際にはそんな単純な計算は意味がないですが、ただ、大した額ではなかったということを言いたいのですね。
「特措法」は「事業法」でした。
「三分の二国庫補助・三分の一起債」で事業が推進されました。
地方自治体に一銭のお金も無くとも可能だったのです。
「道路」とか「雨水・下水処理」などといった整備は、本来、「同和問題解決」とは別個に行政が推進すべき当然の課題でしたから、自治体にとっては「渡りに船」ということになります。
これらの「インフラ整備」は、当該の地区にもプラスにはなったかも知れないが、その地区周辺地域の人々にとってこそ重大な恩恵をもたらしたのです。
私の地域でも、子どもの頃、ムラの真ん中を通る道路は、さほど広くもなく、舗装もされていず、雨が降ればぬかるみの「県道」でした。50年も前の話ですから舗装のされていない道路は普通でしたが、それでも、ムラの前後ではそれなりな簡易舗装はされていたのです。
「事業」は道幅を拡げ、歩道も整備された完全舗装の立派な道路を造りました。
おかげで、車が猛スピードで行き交うようになるのですから、お年寄りは「どこでも自由に」横断などできないようになりましたし、私の母のなかよしも事故にあって死んでしまいました。
この「道路」は誰のために役立っているというのでしょうか。
第2に、上にも述べたこと重なりますが、「事業法」は「差別をなくす」ことを直接の目的にするものではありませんでした。「環境改善」や「同和地区住民の主体的力量の涵養を目指した個人給付」など、「差別をなくす」るために有効ではないかと考えられた「条件整備」の施策に過ぎなかった。
これも、「ハード面」で一定の成果をあげたとしても、「仏作って魂入れず」、何のための施策かということが問われないまま進行しました。
勿論、運動主体の責任もありましょうが、大きくは行政の「説明責任」が一度も果たされることなどなかったからです。
最後に言いたいことは、この設問には大きな誤解を招来する「しかけ」が内在しているということです。
誠実な人々には全くそんな意識はないでしょうが、それだから気付かない「しかけ」ですね。
この設問のされ方からは、「ふん、なるほど。同和地区の人には大きな『金額』が手渡されたんやな」とか「解決できなかったんは、やっぱり『同和利権の真相』にいわれるような不正が罷り通っていたからに違いない」とかいった「結論」が導き出されかねません。
それは違います。
もともと、この「事業法」では「条件整備」が目指されていただけのことで、それはそれとして必要なことではありましたが、本当に「部落差別をなくす」ための「行動指針」は、今のところ「発見されていない」というのが、蛙の考え方なのです。
たくさんの成果はありました。
今、部落解放運動を支えている35歳から45歳くらいの「活動家」はここで鍛えられてきました。
また、アイヌや「在日」「琉球・沖縄」「障害者」「ハンセン病」などなどの課題を主体的に担っている「日本人」もまた、この「歴史」の中で鍛えられたのです。
それだから、蛙は「未来は明るい」といつも考えているのです。
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