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「部落史」の視点 3

 パソコン歴はそれなりに長いのですが、我流でやってきまして、それに始めたのは「マック」でしたし、いまだに訳はわからん侭なんですね。
 初め、niftyの「パソコン通信」みたいなとこで、色々発言していて、三重の田畑さんと知り合ったのもココでした。
 部落解放同盟の立場からの発言でしたから、共産党の支持者からは相当疑問をぶつけられ、ぼくの方も、力を込めて論陣を張っていたりしましたが、こちらは、「現場から」、「個人の立場から」という発言で、むこうさんは「赤旗」に書かれたことの蒸し返し、ちょっとも討論らしい話にはならなかったです。

 勿論、同盟もたくさん問題を抱えているわけですが、「問題を解決するためにどうするか」という話をしたいのに、「これこれの許し難い問題を抱えたままする同盟の存在そのものが否定されるべき」といった論調で、ウンザリさせられました。

 面白かったのは、ぼくが、「部落解放同盟は自らの存在を無くすることを目的とする組織である。部落差別が無くなれば、部落解放運動もまた終わる」ということを言った時、「そんなこと、同盟の文書に載っていない。どこにそんなことが書いてあるのか、言ってみろッ!」てな具合にからまれたことです。

 そんなこと論理の必然じゃないか。

 ぼくの問題意識として、「組織の維持が目標になってはいけない。新しい状況に対応できるように、運動のスタイル、内容、など、見通しを持っていかなければならない」というところにあって、そんなに簡単に部落差別が無くなるとも思えないが、考えておく必要はある、ということでした。

 しかし、今のところ、同盟の中に、そういう視点は皆無に近いのだろうと思います。

 ぼくらの組織は、質はともかく、相当な広さと量を持つのですから、「反差別・人権運動」のネットワークを構築するに「必要条件」は備えている。
 問題は「日常活動」として、これまでにない魅力溢れる「運動」をどうやって作っていけるのか、ということですね。

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