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部落史の視点 1

 水平社、そして部落解放同盟の運動の歴史は、それなりの書物に記されているが、それを手にするのは、部落問題について関心のある人に限られているのではないだろうか。
 また、その「書き手」は「部落史研究者」ということになり、トータルな意味での「歴史家」とは言えないのではないかという印象が私にはある。
 全くとは言わないが、「部落問題」は「部落」の「問題」としてか、範囲が広げられることはあっても、「部落」を中心に据えた「社会問題」としてしか語られたことがなかったように思う。
 発想があまりに狭い。
 それだから、社会的に大きく影響力を持つことができなかった。
 また、運動の側も「問題を理解をしようとしない人々の側に責任がある」という思い込みが強かったし、それだから、運動の持つ「普遍的」・「歴史的」意義を過小に見積もったり、或いは、「成果」を過大に評価し過ぎたりしてきたように思う。

 「部落史」は「現代史」の総体の中で考えていかなければならないのだ。

 「解放令」と称される「太政官布告」について言えば、1869(明治2)年に「公議所」が置かれて、時のインテリや藩有力者などが集められ、この時代の「近代化」にとって差し迫った課題が色々と論議される中から出されてきたものの内の一つで、他にも「苗字」や「戸籍」のことや「帯刀禁止」とか、たくさんの「布告」がある。
 基本的には「欧米列強に伍して」近代化を図る「国の枠組み」が、ここで決定をされていったようだ。
 私は、「解放令」は「賤称廃止令」に過ぎなかったという風に考えてきて、それはそれとして正しい理解であるとは思うのだが、前にふれた浦本君の本を読んでからは、付け加えるに、もっと積極的な「部落解体攻撃」の意味をも持っていたのだということと思うようになった。
 いづれにしろ、この「公議所」について、史料が検討をされて、「太政官布告」全体を見通す作業は必要だろうと思われる。
 

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