どこからきたか
前にも触れた吉田智也さんの通信で、彼が「私はどこから来たのか」と自問しながらあげている人々、中江兆民から始まる34人の名前について、一々を話したわけではないが、正月の「旧友との会合」で、「同じようなところを読んできているねぇ」ということになった。
ぼくが読んできた中に無い名前もある。
それで、「自分があげるとしたらどういうことになるかなぁ」ということになったのだけれど、ここで、ぼく自身を決定づけた人を、ちょっと書いておこうと思う。
高校時代に読んだのは戒能道孝さんの「民主主義」だった。
ここが出発点だった気がする。
「小繋事件」は改めて現在、その意義の見直しがされているようだ。
高校時代といえば、もう40年以上も前になるなのだなぁ。
大学時代は「マルクス・エンゲルス」「レーニン」だった。
「三人光晴」も愛読書になった。
金子光晴、井上光晴、伊藤光晴。
金子さんのは特にそのアナーキーな文体が好きだったし、伊藤さんのは「ぼくの経済学」の原点になる。
「部落解放運動」に関わるようになってからは、「親鸞」がらみの本を無茶苦茶読んでいる。
その「絶対的個人主義」(とぼくだけが名付けている思想)は、ぼくを虜にした。
最近では、池田清彦君の「構造主義生物学」、田中克彦さんの「言語学」がぼくの思想を洗い直すきっかけになっている。
この二人の影響で、「整理しきれない混乱」の内に今、ぼくはおかれている。
内橋克人さんの本も、今、かんがえなえればならない大切な問題を教えてくれた。
まぁ、本好きだから、手当たり次第に様々なジャンルを読み込んでいく状況なんだけれど、やっぱり一番重要なのは「経済学」と「人間学」という風な考え方かなぁ。
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