「部落史」の視点 4
同盟の集会などでは、冒頭、「解放歌」が斉唱され、合わせて「荊冠旗」入場、続けて「水平社宣言」が朗読をされます。
「水平社宣言」
http://www.bll.gr.jp/siryositu/s-ta-suihei.html
「解放歌」
http://www83.sakura.ne.jp/~sonnet/sayama/shiryo/
kaihoka.html
この雰囲気は宗教じみていて、ぼくの趣味にあわないのですが、こういった「形式」が人々を奮い立たせ、勇気づけるものであることや、改めて決意を新たにするためのものであるということはあるのでしょうから、敢えて異を唱えるものではありません。
ところで、「解放歌」が「一高寮歌」の「替え歌」であることは、どの程度、知られているのでしょうか。
この時代には「著作権」などという概念はなかったようですし、ソウルフラワーのページにある「解説」
http://iconogrove.com/culture/ching-dong/cd_j.html
に、
[04] 聞け万国の労働者 KIKE BANKOKUNO RODOSYA
日本最初の革命歌は『敵は幾万』のふしでうたわれた高浜長記作詞『富の鎖』(1905年)、そして一高寮歌『鳴呼玉杯に花うけて』のふしでうたわれた築比地仲助作詞『ああ革命は近づけり』(1908年)があった。
それから十数年後の1920年5月2日、普選運動の高まりを背景に日本最初のメーデーが上野公園で開かれた。その準備会で、一高寮歌『アムール河の流血や』のふしが選ばれて、当時池貝鉄工の労働者で社会運動家の大場勇が作詞したのが『聞け万国の労働者』。当時、労働運動に関心を持つ音楽家、作曲家は皆無の状態であったため新曲が作られる訳もなく、また、民衆が一定の教育や練習をつまなくてもすぐうたえるように、との配慮もあって既存の軍歌や寮歌に頼らざるを得ない事情があった訳だ。
その後、『水平社の歌』(1922年)を経て、労働運動の発展と共に『インターナショナル』や『赤旗の歌』が輸入されるようになった。
とありますから、この時代の様子はそのようなものであったのでしょう。
ついでに「もと歌」の歌詞をUPしておきましょう。
第一高等学校東寮寮歌
矢野勘治 作詞
楠 正一 作曲
嗚呼玉杯に花うけて
緑酒に月の影宿し
治安の夢にふけりたる
栄華の巷低く見て
向ケ丘にそそり立つ
五寮の健児意気高し
芙蓉の雪の精をとり
芳野の花の華を奪い
清き心の益良雄が
剣と筆とをとり持ちて
一たび起たば何事か
人生の偉業成らざらん
濁れる海に漂える
我が国民を救わんと
逆巻く浪をかきわけて
自治の大船勇ましく
尚武の風を帆にはらみ
船出せしより十二年
花咲き花はうつろいて
露おき露のひるがごと
星霜移り人は去り
梶とる舟師は変わるとも
我がのる舟はとこしえに
理想の自治に進むなり
行途を拒むものあらば
斬りて捨つるに何かある
破邪の剣を抜き持ちて
舳に立ちて我よべば
魑魅魍魎も影ひそめ
金波銀波の海静か
別のページで
http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/
日本の労働歌や革命歌などが伴奏付きで入っています。
「革命歌」も「一高寮歌」の「替え歌」ということななります。
1.嗚呼革命は近づけり 嗚呼革命は近づけり
起てよ白屋襤褸(らんる)の児 醒めよ市井の貧窮児
見よ我自由の楽園を 蹂躙したるは何者ぞ
2.見よ我正義の公道を 壊廃したるは何奴ぞ
圧制横暴迫害に 我等は何時まで屈せんや
我脈々の熱血は 飽迄自由を要求す
3.我等に自由なからずば むしろ墳墓を選ばんと
我が同胞は露国にて 絶叫しつつあらざるか
春爛漫の花さえも 権門勢家の為に咲き
4.秋玲瓏の月さえも瑤台朱閣の為に照る
我が子は曾(か)つて戦場に 彼等の為に殺されき
老いたる父もいたましく 彼等の為に餓死したり
5.ああ積年の此の恨み 委か争(いか)で報いで止むべきや
我等は寒く飢えたれど なお団結の力あり
ああ起て、君よ、革命は 我等の前に近づきぬ
6.農夫は鋤鍬とって起て 樵夫は斧をとって起て
坑夫はつるはしとって起て 工女は梭(おさ)をとりて起て
森も林も武装せよ 石は何故飛ばざるか
7.我等の眥血(しけつ)下っては やがて染めたる赤色旗
高く掲げて惨虐に 反逆すべく絶叫せよ
ああ革命は近づけり ああ革命は近づけり
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1908年の「日本平民新聞」で発表されたもの。当時誰もが知っていた「嗚呼玉杯に花うけて(一高寮歌)」の替え歌。これも「富の鎖」と共にネット販売されているキングレコードに収録されているものです。現在では使われていない綴りが多く所々読み方が解りません。(Iwakichsky)
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ソウルフラワーのコンサートでは「一高寮歌替え歌シリーズ・『水平歌・革命歌・農民歌』」としてまとめて歌われるようです。
この時代、「歌」からも類推されるように、水平社運動と労働運動・農民運動などとは、「労農水三角同盟」などと呼ばれ、もっと直接的で豊かな「連携」があったようです。
ここいらの史料も、十分明らかにはされていないのではないでしょうか。
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