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「江戸・東京の被差別部落の歴史」

 浦本さんが「江戸・東京の被差別部落の歴史」(明石書店)を上梓されてから一年が経過しましたが、この間、彼にとってはたいへんな一年になりました。

 「あとがき」でも触れられている「想像を絶するような差別事件」の主要なターゲットにされたのでしたが、「犯人」が逮捕され、第一回の公判が24日には開かれたようです。

 この「事件」については考えることも多いのですが、コメントは改めてということにしたいと思います。

 ぼくの青年時代には、仲間の間で一冊の本を輪読するなりしての「読書会」のようなものがありましたが、今は、そのようなことがあるようには聞きません。

 浦本さんは、江戸開闢以来、明治に至る過程で、「被差別の側」の歴史を、史料を読み解きながら、分かりやすい言葉で明解にまとめてくれました。
 彼の仕事は、もっと高く評価されてよいはずです。

 たくさん、考えなければならない問題が提起されています。

 「解放令」と称される「太政官布告」の意味も、この文脈の中で理解されれば、一般に考えられているようなものとは、もっと違った捉え方になると思う。

 浦本さん自身が言っているように「武士や町人を中心に江戸の町を語る」だけでは「全体像」は掴めないはずだ。
 「団左衛門」を軸心に、「江戸から明治へ」を活写した内容は、もっと論議を呼び起こしてよいし、「部落問題」を考える人にとっては必読文献ということになると思う。

 ただ、ぼくの考え方では、注意をしておかなければならないと思うことがある。

 そんな単純な人はいないのかも知れないが、時に「先人の輝かしい闘いの歴史」を祭り上げて、自分たちの「由緒」を過大に評価する傾向を感じないでもない。

 この「時代」には「人権」という概念は無かったのだし、「不当な差別」と闘うという意識とはちょっと違っていたのではないだろうか。
 「差別」は、ここにあげられる「被差別民」だけに限られたことではない。この「時代」の被支配層全てであったはずだ。それが「身分社会」ということだろう。

 それだから、ぼくが考えるに、「彼等の闘い」は、その「社会的・経済的な力」に相応しい「待遇改善」の闘いだったのであり、それ以上でもそれ以下でもなかったのではなかろうか。
 そう言ったからといって、「その英雄的な闘い」の意味を貶めることにはならないと思うのだが....

 

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