蛙の「差別」論 3
網野さんが「この国の西と東」について書かれてきたことを、色々と考えてきたのですが、あまりよく分かってはいません。
本腰を入れて格闘しないといけないのでしょうが、生来のなまけものの蛙は、漠然としたとらえ方ですましてきています。
縄文から弥生への変遷以降、現在に至るまで、構造として「この国」の有り様をしっかり考えていかなければならないのでしょう。
「東日本」には「被差別部落」の数は相当少ないということはあるようです。
蛙は、琉球と蝦夷地が「最近、この国に取り込まれたもの」という風に考えているわけですが、「東日本」も、もともと「日本ではなかった」とも考えているのですね。
「邪馬台国はどこか」という論争もあるようですが、およそ「律令」の頃、「この国」の範囲はどの程度だったのでしょうか。
宮城あたりには8世紀の記録があるようですが、これも「古代大和朝廷の侵略の歴史」の有り様と捉えるべきでしょう。
概して、東北は明らかに「蝦夷地」だったと考えてよいと思います。
「江戸」から「明治」あたりの記録では、青森から九州まで、「部落」があるわけですが、東北あたりは相当少ない。
「封建制」が確立されていく過程で、「無いところ」に移植されたのではないかと蛙は考えています。
「被差別部落」の「起源論」ということが取り沙汰されるのですが、蛙はそのことをさほど重要なことと考えていない。
重要なのは、「今、現にそれが『再生産』されていく社会の構造の理解」に注目すべきだと思っているのです。
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