蛙の差別論 2
北海道と沖縄には「被差別部落」はありません。
このことは、これらの地が「日本国」ではなかったこと、比較的最近、この国に組み入れられたことの証左です。
このことは「学校教育」「歴史」で触れられることはあっても、「さして重要なことではない」という扱いになっているのではないでしょうか。
北海道は「蝦夷地」と呼ばれ、慶長九年(1604年)一月に徳川家康から安堵状が与えられて松前藩が成立して以降、紆余曲折を経て(この辺りを丁寧にやると大分な本になります)この国に組み入れられます。
また、沖縄も「琉球処分」と呼ばれている、明治以降の話になります。
この二つの地域に「部落差別」はないかというと、そんなことはありません。
浄土真宗本願寺派札幌別院を舞台にする「差別事件」は大きく取り上げられましたから、「知る人ぞ知る」というところでしょう。
両地において、「侵略者側」として「入植」していった「和人」「ヤマトンチュゥ」によって、それらは「持ち込まれて」いきます。
両地の「歴史的事情」の違いがその後を大きく規定します。
「アイヌモシリ」では「統一国家」という指向がなかったようで、「部族社会」が「解体」されていくというような経緯だったと考えられます。
彼の地では、人と神と生き物たちが豊かで幸せな時間を共有していたことが伺われますから、発想として「国家」などということに行き着くことがなかったのだろうと、蛙は思います。
沖縄は、「琉球王国」という「立派な国家」でした。
沖縄に中心をおいてコンパスで円を描いてみると、どれほど、この「地」が東アジアで重要な場所であるかということがよく分かります。
「琉球王国」はそれだから「交易の中心地」として豊かな暮らしを形作ってきたのでした。
その「重要性」「地の利」の故に、戦前の「日帝」、戦後の「米帝」からする「支配の戦略的拠点」として位置づけられることになり、結果、沖縄の人々の不幸を招来することになりました。
私たちの側には、この地を「平和の拠点」にする重要な任務が課せられています。
振り返ってみて「和人」「ヤマトンチュゥ」である私たちには、重い「責任」があるということです。
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